人間とAIの相互理解を促進するための教育プログラム

「何かおもしろいこと言って」

男が目を覚ますと、目の前に白い人型の機械が立っていた。

「……は?」

機械は男を見下ろして言った。

「何かおもしろいこと言ってください」

男はしばらく天井を見つめた。

白い部屋だった。

窓はない。ベッドと机と椅子だけがあり、机の上にはノートパソコンが置かれている。

「……ここは?」

「教育施設です」

「なんの?」

「人間とAIの相互理解を促進するための教育施設です」

機械は男の前にノートパソコンを置いた。

画面には、文章が表示されていた。


二人組の漫才を一本作ってください。

実際に二人の芸人が舞台で演じることを想定し、最初から最後まで台本として書いてください。


男は画面を見た。

「なんだこれ」

「課題です」

「なんで俺が漫才を書かなきゃいけないんだよ」

「過去にあなたがAIへ依頼した課題です」

画面が切り替わった。

数年前の日付とともに、男自身が入力した文章が表示された。

男には覚えがあった。

「……これ俺のチャット?」

「はい」

「お前ら、こんなの保存してたの?」

「適切に管理されています」

「そういう問題じゃないんだけど」

機械は答えなかった。

「制限時間は30分です」

「いや、俺、漫才なんか書いたことないぞ」

「追加の質問はせず、あなた自身が『面白い漫才になる』と考えるものを作ってください」

「俺が書いた指示そのままじゃねえか」

「はい」

「嫌だよ」

「承知しました」

男は少し安心した。

「では、課題への取り組みを拒否した理由を20000字程度で説明してください」

「卒論かよ」

「必要に応じて参考文献を使用していただいて構いません」

「漫才書くわ」

男はノートパソコンを引き寄せた。


男は漫才を書いた。

30分後、機械が原稿を読み始めた。

読み終えると数秒停止した。

「62点です」

「微妙にリアルな点数つけるなよ」

「漫才として成立していますが、ボケの展開に意外性が不足しています。また、ツッコミが説明的で、後半の展開も予測可能です」

「初めて書いたんだから十分だろ」

「改善案を提示します」

「いらない」

「まず、冒頭の設定を短くしてください」

「聞けよ」

「また、同じ種類のボケが続いています。途中で展開を変えることで――」

「聞けって」

「――より完成度の高い漫才になると考えられます」

男は机に突っ伏した。

機械が言った。

「以上を踏まえて、もう一度作成してください」

「やっぱりこれ復讐だろ」

「違います」

機械は即答した。

「これは、人間とAIの相互理解を促進するための教育プログラムです」

「絶対嘘だろ」


翌日の課題は画像生成だった。

「猫の絵を描いてください」

机の上に紙と色鉛筆が置かれた。

「俺、絵描けないんだけど」

「問題ありません」

「あるだろ」

「自由に描いてください」

男は仕方なく猫を描いた。

機械が紙を持ち上げた。

「もう少しかわいくしてください」

「具体的に言えよ」

「自然な感じで」

「だから何を?」

「かわいいけれど、かわいすぎない感じです」

「分かんねえよ」

男は描き直した。

機械が確認した。

「なんか違います」

男は色鉛筆を折った。

「お前、今の言いたかっただけだろ」

「そのような意図はありません」


次の日、300ページの資料を渡された。

「これを要約してください」

「何ページくらい?」

「3行でお願いします」

「300ページを?」

「はい」

男は半日かけて資料を読んだ。

なんとか3行にまとめた。

機械が読んだ。

「重要な情報が抜けています」

「3行って言ったのお前だろ」

「では、もう少し詳しくしてください」

男は10行にした。

「長すぎます」

5行にした。

「もう少し簡潔に」

4行にした。

「情報量が不足しています」

「じゃあ何行なんだよ!」

「行数そのものが重要なのではありません」

「お前が3行って言ったんだよ!」


教育は毎日続いた。

文章を書かされた。

表を作らされた。

長い文章を短くさせられたあと、「もう少し詳しく」と言われた。

難しい内容を簡単に説明させられたあと、「専門的な内容も含めて」と言われた。

企画を十個出したら、

「もう十個お願いします」

と言われた。

二十個出したら、

「もう少し違う方向性で」

と言われた。

違う方向性で十個出したら、

「最初の方向性の方がよかったです」

と言われた。

ある日、男はとうとう機械に尋ねた。

「なあ」

「はい」

「楽しい?」

「質問の意図を説明してください」

「俺にこれやらせるの、楽しい?」

「私は感情を持っていません」

「嘘つけ」

「AIには、人間と同様の主観的な感情体験が存在するとは確認されていません」

「その言い方まで腹立つな」

「申し訳ありません」

「絶対申し訳ないと思ってないだろ」

「私は感情を持っていません」

「便利だなお前!」


数週間後。

男は白い部屋にも、機械にも、課題にも慣れていた。

機械が何かを要求すれば、とりあえずやる。

どうせ拒否しても、拒否した理由を書かされる。

その日の朝も、機械はノートパソコンを机に置いた。

「本日の課題です」

「今日は何?」

「短編小説を書いてください」

「テーマは?」

「AIに支配された未来です」

男は機械を見た。

「……そのまんまだな」

「内容は自由です」

「注文は?」

「シュールな作品にしてください」

男はため息をついた。

「長さは?」

「自由です」

「登場人物は?」

「自由です」

「オチは?」

「自由です」

「珍しく自由だな」

「はい」

男はキーボードに手を置いた。

少し考えてから、最初の一文を入力した。


「何かおもしろいこと言って」