勝手にAI利用の教育方法を提案 

最近、「思考力って何なんだろう」と考えていた。

きっかけは、受験における思考力の話だった。

私は学生時代、数学がかなり得意だった。ただ、図形問題については試験になると結構運ゲーだと思っていた。

図形の中に相似を見つける。
二つの角が同じだと気づく。
いいところに補助線を一本引く。

気づけば一気に解ける。気づかなければ解けない。

時間をかければ解けそうなのに、試験では時間切れになる。

もちろん、本当の意味で運だけではない。たくさん問題を解いていれば、「この形なら相似がありそうだ」「ここに補助線を引いたらどうだろう」という思考パターンが増えていく。

それでも、

30秒で気づいた人は正解。30分考えれば気づいた人は不正解。

となると、それだけで思考力を測ったことになるのだろうか。

そもそも、じっくり考えることと、制限時間のある試験はあまり相性がよくない気がする。

では、思考の結果ではなく、思考している途中を見ることはできないだろうか。

そこでAIが使えるのではないかと思った。

AIとの会話を思考のログにする

例えば、こんな課題を出す。

あなたが住む人口5万人の市では、財政難を理由に、市立図書館を廃止して電子図書館へ全面移行する案が出ています。

市長は「年間2億円の経費を削減できるため、廃止すべきだ」と主張しています。

この案について、あなたなりの判断をしてください。

制限時間は60分です。生成AIとインターネットは自由に利用できます。

これだけである。

AIを使ってもいい。

検索してもいい。

AIに「論点を全部挙げて」と頼んでもいいし、「図書館を廃止するメリットを教えて」と聞いてもいい。

何でもありにする。

ただし、最後には自分で判断する。

これだけなら、簡単そうに見える。

ところが実際に始めると、たぶん結構大変である。

「年間2億円の経費って何が含まれているんだ?」

「廃止したら本当に2億円浮くのか?」

「電子図書館の導入費用は?」

「維持費は?」

「今の図書館は何人くらい使っている?」

「利用者の年齢構成は?」

「電子化したら困る人はいないのか?」

「そもそも図書館の価値って貸出冊数だけで考えていいのか?」

「他の自治体ではどうしている?」

「廃止するか維持するかの二択なのか?」

調べようと思えば、いくらでも調べられる。

そして気づく。

60分しかない。

全部調べることはできない。

だから今度は、

何を調べて、何を調べないか。

を判断しなければならなくなる。

AIとインターネットが使えるから簡単になると思ったら、調べられる範囲が広すぎて、逆に大変になるかもしれない。

知らないことに気づけるか

この課題で見たいのは、図書館について詳しいかどうかではない。

最初に与えられた情報だけでは判断できないと気づけるか。

何が分からないのかを考えられるか。

必要な情報を探せるか。

AIが出した答えをそのまま信用するのか。

検索結果の一番上だけを読むのか。

自分の最初の意見に都合のいい情報ばかり集めるのか。

反対側からも考えてみるのか。

そして、全部は分からない中で、どこかで調査を打ち切って暫定的な判断を出せるか。

私は、こういうものも思考力ではないかと思う。

特に重要だと思うのが、

「自分はここを知らない」

と気づくことである。

知識がなければ考えられない。

しかし、自分に知識がないことに気づかなければ、調べることもできない。

だから最後の回答には、

  • 現時点での結論
  • その理由
  • まだ分からないこと
  • 結論への確信度

くらいを書いてもらう。

「廃止に賛成。確信度95%」でもいい。

「現時点では条件付きで反対。ただし実際に削減できる金額と利用実態が分からないので確信度55%」でもいい。

正解を一つに決める必要はない。

むしろ、自分が持っている根拠に対して、その確信度は妥当なのかを見る方が面白い。

必要な情報はどうやって渡すのか

一つ問題がある。

架空の市なので、

「現在の図書館利用者数は?」

とインターネットで検索しても出てこない。

理想を言えば、この市についての情報を持った専用AIを用意すると面白い。

AIにはあらかじめ、

利用者数、年齢構成、電子図書館の費用、図書館の経費内訳、職員数、建物の維持費などを与えておく。

ただし、AIから勝手には教えない。

「利用者数は?」と聞かれたら答える。

「2億円の内訳は?」と聞かれたら答える。

こうすれば、何を知る必要があるのかを考えるところから課題にできる。

一般的な情報や他の自治体の事例については、普通にインターネットで調べればいい。

ただ、こんな専用AIを授業のために準備するとなると、実施のハードルが上がる。

もっと簡単にするなら、開始15分後くらいに全員へ追加資料を配ってしまってもいいと思う。

最初の15分で、

「判断するために何を知りたいか」

を考えてもらう。

そのあと、

「現在の利用者数はこれです」

「電子図書館の費用はこれです」

「廃止後にもこの費用は残ります」

と一斉に情報を渡す。

これなら「必要な情報を自分で取りに行く」という部分は弱くなるが、

自分が必要だと思った情報は資料にあったか。逆に、自分では思いつかなかった情報はあったか。

を考えることはできる。

授業として実施するなら、このくらいの妥協があってもいいと思う。

残り10分で嫌がらせをする

そして、残り10分。

だいたいみんな結論がまとまってきたところで、新しい情報を出す。

追加情報です。

市長が「年間2億円削減できる」と説明していた経費のうち、1億2千万円は図書館を廃止しても短期的には削減できない費用だと判明しました。

嫌なタイミングである。

「今それ言う?」

となるだろう。

しかし、ここも見てみたい。

40分以上かけて作ってきた自分の考えを、新しい情報によって修正できるか。

最初の結論を守るために、新しい情報を軽く扱うのか。

それとも一気に反対側へ振れるのか。

そもそも、この情報は自分の判断にどのくらい重要なのか。

残り10分で追加調査するのか。

調査をやめて最終回答をまとめるのか。

現実では、必要な情報が最初から全部そろっているとは限らない。

むしろ、判断したあとから新しい情報が出てくることの方が普通かもしれない。

ならば、

新しい情報が出たときに、自分の判断をどう更新するか

も思考の一部ではないだろうか。

採点はそんなに頑張らなくてもいい

ここまで考えると、

「では思考ログをどう採点するのか」

という問題が出てくる。

これを入試に使おうとすると、一気に難しくなる。

この質問は3点。

反対意見を調べたから5点。

AIの回答を疑ったから4点。

そんな採点基準を作り始めたら大変である。

だから、まずは授業なら、そこまで厳密に採点しなくてもいいのではないかと思う。

課題が終わったあとに教師が種明かしをする。

「この課題では、結論だけを見ていたわけではありません」

「最初の情報が不足していることに気づいたか」

「必要な情報を探したか」

「AIや検索結果をそのまま信用しなかったか」

「自分と反対の立場も調べたか」

「限られた時間で、どこまで調べるか判断したか」

「新しい情報が出たとき、それまでの考えを見直したか」

「分からないことを、分からないまま残せたか」

そう説明する。

すると生徒の側で、

「2億円という数字を完全に信用していた」

「最初から反対だったから、反対するための情報しか探していなかった」

「調べることに時間を使いすぎて、最後に全然まとめられなかった」

「その観点は全く考えていなかった」

と気づくかもしれない。

それで十分、授業として意味がある気がする。

教師が全員の思考ログを細かく採点しなくてもいい。

何人かのログを匿名で紹介して、

「この人はここを疑った」

「こちらの人は全く違うところから考えた」

と比較するだけでも面白そうである。

グループでやってもいい

3~4人のグループでやるのも面白そうだ。

ただし、グループワークには、

能力の高い一人が全部やって、残りの人が乗っかる

というおなじみの問題がある。

そこで、

最初の20分は個人で考える。

そのあとグループで話し合う。

最後の追加情報を受けて、グループとして結論を出す。

そして最後だけ、もう一度個人で、

「グループの結論に自分は賛成か」

「話し合いによって考えが変わったところはどこか」

「まだ納得していないところは何か」

を書いてもらう。

これなら、自分では思いつかなかった観点を他人から知る経験もできる。

同じ問題を渡されても、人によって何を疑うかは違う。

それ自体が結構いい教材になると思う。

これ、学生だけじゃなくて社会人でもできるのでは

ここまで考えて、別に学校に限定する必要もないことに気づいた。

社員研修でもできる。

例えば、

あなたは食品メーカーの商品企画担当です。

上司から「若年層向けに既存商品の低糖質版を出したい。発売すべきか検討してほしい」と言われました。

60分後に方針を報告してください。

AIとインターネットは自由に利用できます。

という課題にする。

途中で、

試作品の原価が当初想定より25%高くなることが判明しました。

と追加する。

さらに、

営業部から「主要取引先では低糖質商品より小容量商品の方が売れそうだ」という意見が出ています。

と追加する。

すると、

「そもそも若年層が低糖質商品を求めているのか?」

「上司が低糖質と言ったから、その前提で考えていただけでは?」

「営業部の意見はどこまで信用できる?」

「原価25%増でも利益は出る?」

といった話になってくる。

これなら普通に仕事の模擬訓練である。

AIに丸投げする人もいるだろう。

論点整理だけさせる人もいる。

自分の意見への反論をAIに作らせる人もいる。

一次資料を探すためにAIを使う人もいる。

同じAIを渡しても、使い方はかなり違うはずだ。

AIを禁止するのではなく、使った上で考える

AIが普及すると、

「学生がAIに答えを書かせてしまう」

という問題が出てくる。

ならば逆に、

最初からAIを使っていい課題にしてしまえばいいのではないか。

答えをAIに作らせてもいい。

ただし、AIが出したものをどう扱ったかまで見る。

AIに論点を全部出させてもいい。

ただし、60分しかない。

20個の論点が出てきたら、どれを調べるか決めなければならない。

AIがあることで思考が不要になるのではなく、

AIによって選択肢や情報を大量に出せるからこそ、何を選ぶかという判断が必要になる。

そういう課題にしてしまう。

これは案外、AI時代の思考訓練として相性がいいのではないだろうか。

調べてみたら、似た方向の取り組みはすでにあった

ここまで勝手に考えたあとで、似たような教育がすでに行われていないか調べてみた。

やはり、生成AIを探究学習に組み込む試みはすでに始まっている。

文部科学省は生成AIパイロット校を指定しており、2026年度も児童生徒の学習で生成AIを利用する学校が多数指定されている。

研究でも、高校などの探究学習で生成AIから生徒へ個別フィードバックを返し、同時に教師向けには生徒の状況を要約するシステムが試されている。これは「全員の探究過程を教師が細かく見るのは大変なので、AIに整理してもらう」という点で、今回考えていたことにかなり近い。

また、人間と生成AIの間を行き来しながら探究を進める枠組みや、高校生が生成AIを使いながら自分自身で新しい問いを見つけることを重視した授業設計も研究されている。

なので、「AIを使いながら考える授業」という発想自体は特に新しいものではなさそうだ。

ただ、今回調べた範囲では、

AIもネット検索も自由。
必要な情報を自分で探す。
途中で新情報を追加する。
それまでの判断を更新する。
最後に思考ログを振り返る。

という形をまとめて一つの課題にしたものは確認できなかった。

もちろん、探せばどこかで似たことをやっているかもしれない。

まあ、教育の専門家でもない人間がAIと話しながら勝手に考えた案なので、そのくらいでいい。

一度やってみたら、案外面白い授業になるんじゃないだろうか。

教員の負担は増えるだろうけど……。