ChatGPTとは、これまでかなりいろいろな話をしてきた。
AIや投資の話もすれば、哲学っぽい話もする。幸福とは何なのか、自由意志はあるのか、議論とは何のためにするのか、といったことも話してきた。
最近では、私が何かについて意見を言うと、ChatGPTから返ってくる分析を見て、
「確かに私はそう考えそうだな」
と思うことも増えてきた。
これだけ長く話しているのなら、ChatGPTの中にはある程度、
「私はこういう考え方をする人間だ」
という情報が蓄積されているはずだ。
では、私がまだ答えたことのない問題についても、私がどう答えるのか予測できるのだろうか。
ちょっと気になったので試してみた。
AIに私の回答を予測させる
まず、価値観によって回答が分かれそうな思考実験を11問作った。
たとえば、
すべての人の所得を完全に同じにできる代わりに、社会全体の所得は現在より20%減少する。
平等化するか、しないか。
あるいは、
ボタンを押せば、自分が死ぬ年月日を100%正確に知ることができる。ただし死因は分からない。
押すか、押さないか。
といった問題である。
一般的な正解があるわけではなく、その人が何を重視するかによって回答が変わるようなものを選んだ。
そして、まず私自身が11問すべてに回答した。
そのあと、私の回答を見せずにChatGPTへ、
「これまでの私との会話から分かっている考え方や価値観を踏まえて、私がどう答えると思うか推測してほしい」
と頼んだ。
さらに比較対象として、私についてほとんど情報を持っていないGeminiにも同じ11問について予測してもらった。
つまり、
本人 → 長く話しているChatGPT → ほぼ初対面のGemini
の3者の回答を比較してみた。
実際に使った11問と3者の回答については、かなり長くなるので別の記事にまとめることにする。
結論だけなら、案外差がなかった
結果は少し意外だった。
Yes/Noや二択の結論が私と一致したかどうかだけを大雑把に数えると、ChatGPTもGeminiも11問中8問一致で同じ正答率だった。
ところが、それぞれが「なぜ私がそう答えると思ったのか」を読んでみると、印象はかなり違った。
Geminiは、問題そのものから一般的な人物像を想定して回答しているように感じた。
一方、ChatGPTはこれまで私が別の話題で使ってきた判断基準を持ってきて、
「この問題でも同じように考えるのではないか」
と推測していた。
結論を当てるだけなら、それほど差はない。
しかし、理由の方にはかなり「私っぽさ」があった。
自分より詳しく自分の回答を説明される
特に面白かったのが、遺伝子設計についての問題だった。
将来生まれてくる子供について、遺伝子を操作することで病気になりにくくしたり、能力を高めたりできるとする。
それを認めるか
私は認める側を選んだ。
ただ、そもそも私は子供を作る予定がない。
そのため、この問題について事前に深く考えていたわけでもなく、比較的反射的に答えた。
ところがChatGPTは、これまで私が話してきた別の考え方と結びつけながら、なぜ私が遺伝子設計を認めるのかを説明してきた。
それを読んで、
「ああ、確かに私はそういう理由でも肯定しそうだな」
と思った。
妙な感じである。
自分が先に答えているのに、その理由をあとからAIに補足されている。
もちろん、AIが私の頭の中を読んだわけではない。
これまで私が話した内容から、それらしい理由を組み立てただけだろう。
それでも、本人がその場では言語化していなかった理由を、過去の発言から推測して補うことはできるらしい。
かなり私っぽいのに、完全に外れた回答
逆に、ChatGPTがかなり自信を持って外した問題もあった。
「真実を知らずに幸福に生きる」か、「真実を知って苦しみながら生きる」か。
ChatGPTは後者を予測した。
理由も分からなくはない。
私は分からないものがあると、そのままにせず考えることが多い。
曖昧な言葉が出てくれば、そもそもその言葉は何を意味するのかと考えるし、自分が何かを主張するなら、自分なりに納得できるところまで考えたい。
そこからChatGPTは、
「幸福のために真実から目を背けるより、苦痛があっても真実を知る方を選ぶだろう」
と推測した。
かなり私っぽい理由ではある。
しかし、実際の私の回答は、
「幸福ならそれでよくね?」
だった。
私は人生において、最終的に求めているものは幸福だと考えている。
ただ、現実には何をすれば幸福になれるのかが分からない。
だから積極的に幸福を最大化するというより、不幸になりそうなものを避けるようにしている。
ところが、この思考実験では最初から「こちらを選べば幸福である」と保証されている。
それなら、わざわざ真実を知って不幸になる方を選ぶ理由が私にはない。
ChatGPTが拾った、
「物事を知りたい」
「自分で考えたい」
という特徴自体は、たぶん間違っていない。
ただ、それが何よりも優先されるわけではない。
ここでChatGPTは、私の特徴そのものというより、その特徴同士の優先順位を取り違えたのだと思う。
人を知るには、特徴だけでは足りないのかもしれない
これは少し面白いと思った。
仮に、
「この人は自由を重視する」
「一貫性を重視する」
「幸福を重視する」
「他人に干渉されたくない」
「物事を自分で考えたがる」
ということが全部分かったとしても、それだけでその人の判断を完全に予測できるわけではない。
現実の問題では、それらが同時に満たせないことがある。
自由を取れば幸福が減るかもしれない。
真実を知れば不幸になるかもしれない。
自分の利益と他人の自由が衝突するかもしれない。
そのとき必要になるのは、
「この人は何を重視するか」だけではなく、「それらが衝突したとき、どちらを上に置くか」
という情報になる。
長期間の会話からChatGPTは私の考え方をかなり拾っていた。
しかし、その関係まで完全に把握しているわけではないらしい。
考えてみれば、人間同士でも同じなのかもしれない。
「あの人は優しい人だから、きっとこうするだろう」と思っても、本人には優しさより優先しているものがあるかもしれない。
一つの特徴から人間全体を予測しようとすれば、どこかで外れる。
AIは使用者の鏡なのか
「AIは使用者の鏡」という表現を見かけることがある。
長く使っていると、確かにそう感じる部分はある。
何を気にするのか。
どこで疑問を持つのか。
どういう説明を好むのか。
何を判断基準にするのか。
そういうものまで、少しずつ反映されていく。
今回の実験では、私がまだAIに答えを教えていない問題についても、それなりに私らしい理由をつけて回答するところまでいった。
一方で、本人から見ると、
「そこは確かに私っぽいけど、そこまで重要じゃない」
ということもある。
だから、AIをそのまま「鏡」と呼ぶのは少し違う気がする。
普通の鏡なら、そこにあるものをそのまま映す。
AIがやっているのは、おそらくそうではない。
これまで私が話した大量の断片から、
「この人はたぶんこういう人間だ」
というものを組み立て、それを使って新しい状況を推測している。
だとすれば、鏡というより、解釈の入った鏡に近い。
そこには確かに私が映っている。
ただし、それはAIが解釈した私であって、私そのものではない。
AIの予測と比べると、自分の判断基準が見えてくる
今回やってみて面白かったのは、AIが何問当てたかということ以上に、AIの予測と自分の回答を比較することだった。
ChatGPTが私の回答を外したとき、その理由を読んで、
「確かにその特徴は自分にある。それなのに、なぜ私は違う方を選んだのだろう」
と考える。
すると、「その特徴よりも、こちらの方を優先しているからではないか」と、自分の判断基準の関係が見えてくる。
逆に当たった場合には、
「私はそこまで考えて答えたわけではないけれど、その理由は確かに自分の考えと矛盾しない」
ということもあった。
つまり、AIが出した「あなたはこういう人間だから、こう答えるだろう」という予測そのものが、自分を考えるための比較対象になる。
AIに自分を分析させ、その分析を今度は自分で検討する。
何をやっているんだという感じもするが、これはこれで案外面白い。
長く会話したAIが、自分についてどんな人物像を作っているのか。
それを本人の回答と比較すると、AIについて調べていたはずなのに、途中から自分について調べる実験にもなっていた。
