ニュースを追うのをやめても、案外困らないのでは

最近、ニュースをあまり見なくてもいいんじゃないかと思い始めている。

もともとニュースを熱心に追っていたわけではない。

楽天証券の口座を持っていると日経テレコンが使えるので、そこで見出しをちらっと見る程度だ。しかも、見たニュースの内容を後になってどれだけ覚えているかというと、ほとんど覚えていない。

そんな状態でニュースを見ていて、ふと思った。

これ、何のために見ているんだろう。

正しい情報を得るのは思ったより面倒

きっかけの一つは、日本経済新聞社の広告関連の問題だった。

広告媒体の発行部数を実際より多く広告主に提示し、広告料金を過大に受け取っていたことが明らかになった。

もちろん、これを理由に「日経新聞の記事は信用できない」と言いたいわけではない。

広告部数の問題と報道記事の正確性は別の話だし、自社で問題を公表していることも考える必要がある。

ただ、大手メディアが出している数字だから無条件に正しい、と考えることもできないのだろう。

では、ニュースを読む側が情報を精査すればいいのか。

これが結構大変である。

元になった資料を確認して、他社の記事も読んで、数字の定義を調べて、必要なら専門家の意見も探す。

そこまでやれば、最初の記事だけを読むより正確な理解には近づけるだろう。

しかし、毎日のニュースについてそんなことをしていたら時間がいくらあっても足りない。

そもそも「正しい知識」にも限界がある

これはニュースだけの問題でもない。

昔は常識だと思われていた知識が、後になって修正されることもある。

科学でも歴史でも経済でも、その時点で分かっていることをもとに説明するしかない分野は多い。

そう考えると、完全に正しい情報だけを集めること自体、かなり難しい。

さらにニュースの場合、出来事と自分の間に記者や編集者が入る。

何をニュースにするのか。

誰に取材するのか。

何を見出しにするのか。

どの情報を大きく扱い、どの情報を省略するのか。

意図的に情報を歪めなくても、人が介在する以上、その人の見方は多少なりとも入るだろう。

そして当然ながら、記者も全員が同じ能力を持っているわけではない。

専門知識も違えば、取材力も違う。数字を扱う能力にも差があるだろう。

だから一つの記事を読んで、

「これは正しい情報である」

と確信するのは案外難しい。

正確さを求めるほどコストが増える

もちろん対策はある。

複数のメディアを比較したり、一次資料を読んだり、専門家の解説を探したりすればいい。

でも、今度は情報収集そのものにかなりの時間を使うことになる。

しかも専門家同士で意見が違うこともある。

そうなると、

ニュースを読む。

本当か確認する。

別の記事を読む。

一次資料を見る。

専門家の解説を読む。

その専門家の主張が妥当なのか確認する。

……どこまでやればいいのだろうか。

正確さを高めることはできても、確認作業には終わりがない。

だったら別の考え方もある。

そもそも、そのニュースを知る必要があるのか。

知っても何もしないニュースが多い

自分の場合、ニュースを見ても大半は行動につながらない。

海外で何かが起きた。

政治家が何かを発言した。

企業で問題が起きた。

株価が動いた。

知ったところで、その日に自分が何かするわけではない。

投資についても、自分はかなりテクニカル寄りに考えている。

ニュースを読んで「この会社はこれから伸びそうだ」と判断して売買するスタイルではないので、金融ニュースについても大量に追う必要性をあまり感じない。

そうすると、

見出しを見る → だいたい忘れる → 特に行動は変わらない

ということになる。

それなら、その時間を使ってまでニュースを見る費用対効果はそれほど高くないのではないか。

重要な情報ほど、ニュースに頼らなくてもいい

一方で、ニュースを見なければ重要な出来事を知らないままになる、という問題はある。

ただ、これも最近は少し疑問に思っている。

スマホを普通に使っているだけで、かなりの情報が勝手に入ってくる。

本当に大きな出来事なら、ニュースサイトを毎日巡回していなくても、検索画面やスマホの通知、利用しているサービスからのお知らせなど、別のところから知ることが多い。

自分に直接関係する情報なら、さらに専用の情報源がある。

証券会社は投資に関係する情報を知らせてくれるし、金融機関は制度変更を通知する。税金について本当に確認したければ国税庁などの一次情報を調べればいい。

考えてみれば、

重要な情報ほど、ニュースに頼らなくてもいい。

という面がある。

もちろん、何もかも勝手に届く保証はない。

ニュースを見ないことで重要な情報を取りこぼす可能性はある。

ただ、その可能性を減らすために毎日大量のニュースを見ることにも、確実に時間がかかる。

どちらにもコストがある。

ニュースを見ないというより、取りに行かない

完全に世の中の情報を遮断するつもりはない。

今の時代、スマホやインターネットを普通に使いながら完全に情報を遮断する方が難しい気もする。

だから「ニュースを見ない」というより、

自分からニュースを取りに行かなくてもいいのではないか。

という感じに近い。

何か重要そうな情報が目に入った。

自分に関係がありそうだ。

そうなってから詳しく調べればいい。

これまでは、世の中の出来事を広く知っておくことに漠然と価値があると思っていた。

今でも価値がないとは思わない。

ニュースそのものを楽しんでいる人なら、それも十分な読む理由だと思う。

ただ、自分の場合は見出しをちらっと眺め、ほとんど忘れ、行動にもほぼ影響しない。

そのうえ、本当に正しい情報なのか確認しようとすれば、さらに時間が必要になる。

そこまで考えると、

ニュースを正しく読む方法を考えるより、そもそもニュースを追わなくてもいいのではないか。

最近はそんなことを考えている。

このままニュースを見る量が減って、それでも特に困らなかったら、それが自分にとっての答えなのかもしれない。