最近、アルファベット3文字の略語が多いなと思った。
ビジネスや投資、ITなどの話を見ていると、アルファベットを3文字くらい並べた言葉が大量に出てくる。
ROA、ROE、ROI、KPI、KGI、VYQ、OKR……。
似たようなものが多くて、正直あまり頭に残らない。
日本語には漢字という、意味を圧縮するのにかなり便利な文字があるのだから、日本人同士なら日本語でよくないか、とも思う。
そんなことを考えていたら、別の疑問が出てきた。
アルファベットは26文字しかない。
3文字の略語なら、組み合わせは26の3乗で17,576通りしかない。
しかも、実際にはすべての文字が均等に使われるわけではない。
ROAやROEのOのように、英単語には略語の中に入りやすい文字もある。
だったら、こんなにアルファベット3文字の略語を増やしていたら、そのうち同じ略語だらけになるんじゃないか。
調べてみると、実際に同じ略語が分野によって違う意味で使われることは普通にあるらしい。
だからどうしたという話ではある。
でも、私はこういうことを考えるのが好きだ。
疑問は勝手に出てくる
こういう話をしていると、私は一つのことから別のことへ話を広げているように見えるらしい。
しかし、自分ではあまり「話を広げよう」と思っていない。
今回も、
「アルファベットの略語、多すぎないか」
と思ったところから、
「しかも似たようなものばかりだな」
「そもそもアルファベットって26文字しかないな」
「3文字なら組み合わせにも限界があるな」
「しかも使われやすい文字は偏るだろ」
「じゃあ略語が被りまくるんじゃないか」
と、疑問が勝手に続いていっただけである。
自分の中では、かなり普通につながっている。
だから「なぜそこまで考えるのか」と言われても、いまいち分からない。
疑問に思ったから考えただけである。
別に大したことでなくていい
考える対象というと、政治、経済、人生、哲学みたいな大きなものを想像しやすい。
もちろん、そういうことを考えるのもおもしろい。
でも、別に大したことでなくてもいいと思う。
「AIに漫才を作らせたらどうなるんだろう」
「『なんでやねん』は便利なのに、なぜ私はあまり好きではないんだろう」
「アルファベット3文字の略語って、増やし続けたらそのうち被りまくるんじゃないか」
「冷蔵庫を開けて何もなかったのに、少し後でもう一度開けるのは何を期待しているんだろう」
「『何もしない』をするために予定を空けた場合、それは予定があることになるんだろうか」
その一つ一つは、知らなくても特に困らない。
答えが出ないこともある。
考えた結果、
「よく分からんな」
で終わることもある。
それでも、考えている途中で別のものとのつながりに気づいたり、自分が何を嫌っているのか分かったりする。
それだけでも私はおもしろい。
世の中には考える材料が大量にある
そう考えると、考える材料をわざわざ探しに行く必要もないのかもしれない。
日常生活をしていれば、意味の分からない言葉に出会う。
人と自分の考え方が違うこともある。
社会にはよく分からない慣習がある。
昔から当然のように続いているものもある。
自分でも理由が分からないまま、好きだったり嫌いだったりするものがある。
そのたびに、
「なんでだろう」
と少し考える。
すると、一つの疑問から別の疑問が出てくる。
そっちを考えていると、また別の疑問が出てくる。
私の場合、これを繰り返していると妄想が暴走して、どんどん話が別の方向へ進んでいく。
ただ、自分では暴走しているという感覚すらあまりない。
前の疑問から次の疑問が出てきただけだから、全部同じ話の続きなのである。
よく見ると、変なことはそこら中にある
世の中には、自分には関係のないことも大量にある。
知らなくても困らないことも大量にある。
考えたところで何も変わらないこともある。
それでも、
「これ、よく考えたら変じゃないか?」
「逆だったらどうなるんだ?」
「そもそも、なんでこうなっているんだ?」
と考えてみると、そこから妙な方向へ話が転がっていくことがある。
そして、その転がった先がおもしろい。
もしかすると世の中は、面白いものが少ないのではなく、こちらが気づかずに通り過ぎているだけなのかもしれない。
まあ、別に全部拾う必要もない。
気になったものだけ拾って、しばらく転がしてみる。それくらいでいいのではないか。
世の中をよく見ると、案外おもしろいことがそこら中に転がっているんじゃないか。
少なくとも私は、そんなことを考えるのが好きだ。
